新聞印刷工場見学

新聞印刷工場見学

中之島工場記念新聞

ありがとう中之島工場

末永い発展を願い、培ったノウハウ、次代へ引き継ぐ

大勢に見守られ、厳かに「閉鎖式」
中之島工場閉鎖式

2012年9月26日(水)夕刻、朝日新聞大阪本社地下3階輪転機場で「中之島工場閉鎖式」が行われた。朝日新聞社各部門、パートナー各社から大勢の参加をいただき、100人を超える方々に見守られる中、中之島工場最後の新聞印刷を終えた。

朝日新聞ビルにおける印刷開始(昭和39年)から48年間、蔵屋敷時代(明治18年)からだと127年間、この中之島において日々の新聞製作を担ってきた。印刷スピード、紙面品質を向上させながら長きにわたり昼夜を通して稼動してきた。さぞお疲れのことだろう。

中之島工場の歴史

人と機械がガップリ組んでここまで来た。まだまだ頑張るつもりできたが、時の流れには逆らえない。これまで培ってきたノウハウを次代へ引き継ぎ、さらなる発展を願おう。 新聞印刷界の長老的存在だが、最後まで現役を続けた中之島工場、あちこちにガタもきていることだろう。長きにわたりプロ野球界を牽引してきた鉄人、阪神タイガース・金本 知憲選手も先日引退表明をした。いずれも残した航跡、功績ともに大きい。一抹の寂しさはぬぐいきれないが、長い間、本当にお疲れ様。

閉鎖式は、大勢に見守られる中、大阪本社代表が輪転機停止ボタンを押し、大きな拍手の中、印刷終了を確認した。「大阪の新聞印刷の長い歴史を支えていただき、本当にご苦労様でした」と感慨深い挨拶もいただいた。 伊中義明・朝日プリンテック社長は、長年の功績に感謝の意を込め、輪転機に花束を捧げた。続いて、大阪製作センター長が輪転機にお酒を手向け、慰労の意を表した。

最後は、参加者全員による乾杯。用意していたシャンパン入りの小コップを参加者に配り、中之島工場統括マネジャーの発声に合わせて「乾杯!」。工場閉鎖を惜しみつつ、生産体制の末永い発展を願った。

人と機械が一体となり歴史支えた

中之島工場は、朝日新聞の歴史そのものです。創業6年後の明治18 年にこの地で印刷が始まり、以来、127 年。幾多の歴史を刷りこんできた中之島での印刷がついに終焉を迎えます。 輪転機は最初期のロール印刷機からオフセット輪転機へとすっかり形を変えましたが、人と機械が一体となって運転し、整備してきた日々の積み重ねが、この長い歴史を支えてきました。 ありがとう中之島工場。そして、それを支えてきた工場の皆さん、本当にご苦労様でした。

朝日プリンテック社長 伊中 義明

中之島工場の雄姿
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